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夢占いと日本人
日本の夢占いの歴史を考えてみると先ず聖徳太子が有名です。 聖徳太子は法隆寺に夢殿を作り、こもる事で夢で神託を受けていたと言います。あるときは夢の中で中国の衡山へ行って、法華経の巻物を取ってきたといいます。その後、小野妹子が唐に派遣され、衡山に赴くと太子が法華経の巻物を取りにきた旨を伝えたと言います。 ここまで来ると話が神秘的になりすぎますが、潜在意識の研究で有名なジョセフ・マーフィーも同じような幽体離脱体験があったらしく、訪れる予定のところへ夢の中で先に訪れていたと言います。
また、日本の歴史上の人物で吉備真備と徳川家康の話が面白いのでお話したいと思います。 宇治拾遺物語の中の話ですが、吉備真備がまだうだつの上がらないころ、一つの夢を見て、「夢あわせ」をして貰いに出かけました。当時、夢占いに相当するものは、「夢あわせ」といったようで、このころからこういう仕事があったんですね。 吉備真備の夢は大した夢ではなかったようですが、待合室で聞いていると別の人の夢が大臣になる夢だったらしい。それを聞いた吉備真備は夢占いの女にさっきの夢をゆずってくれるように頼んだところ、同じようにさっきの夢を女に語るように言われ、吉備真備は言われたとおりにしました。 その後、吉備真備は大臣にまで上り詰めたと言います。 徳川家康は部下の買った夢をまた買いして天下を取ったようです。 部下の下女が「富士山の頂上で傘をかぶり、蓑を着て、粥を食べた夢」を見たそうで、部下は下女からその夢を貰ったそうです。 家康はその話を聞いて、その夢が天下を取る夢だと判断し、部下から夢を買いました。蓑=美濃、粥=甲斐、富士山の頂上=天下という夢解釈です。 この二つの話は夢を奪ったり、語りできるのか?という疑問が湧きますが、潜在意識に思い込む事だけで、行動・努力が伴わなければ実現しなかったと思います。
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